新型インフルエンザ対策に対するエビデンスのまとめ Review of pandemic influenza preparedness and control measures 厚生労働科学研究補助金「新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業」

学校における休業措置

3.学校閉鎖に関するエビデンス

季節性インフルエンザの流行期における観察研究
 学校閉鎖の季節性インフルエンザに対する効果を示したものとしては、イスラエルでインフルエンザシーズンに起きた学校教員のストライキの間に呼吸器感染の診断および外来患者が減ったとするものがある(※4)。またフランスのインフルエンザサーベイランスのデータから学校が冬休みの期間にインフルエンザ感染の頻度が減少することが示されている(※5)。一方で、香港における2007/2008年シーズンにおける学校閉鎖の影響を観察した研究(※6)では、明らかな学校閉鎖によるインフルエンザ患者数、インフルエンザウイルス分離数あるいは基本再生産係数については効果を認めていないが、これは学校閉鎖を実施した時期にすでにインフルエンザの流行が低下しているためではないかという意見もある(※7)

疫学モデルを使った研究結果の概要
 最近、フィールドあるいは実験室的に集められたインフルエンザの感染性に関するパラメータを利用した疫学モデルを利用した研究が多く発表されており、とくに過去のパンデミックをもとに想定したパンデミックの際のさまざまな公衆衛生対応の介入が評価されており、学校閉鎖はパンデミック対策としても有効であることを示している。以下にこれまで発表されている主な研究結果の要約を示す。
Fergusonらによれば、学校閉鎖はピーク時の罹患率を40%まで減少させる。しかし流行期間全体の罹患率はほぼ変わらない。他の対策と組み合わせれば流行規模をある程度ちいさくすることができる(※8)
Germannらによれば、基本再生産係数(以下、R0という)が1.6であれば学校閉鎖単独でも有効であるが、R0が1.9以上では限られた効果しかない。しかし他の対策と組み合わせればR0が高くても有効であるとしている(※9)
Carratらによれば、早期に学校閉鎖を行なえば(人口1000人の地域で5人の患者が出た時点)、非常に有効である(※10)
Glassらによれば、学校閉鎖は有効な対策だが、学校閉鎖により学校以外の接触が増えると効果なし。学校閉鎖と同時に子供の自宅待機をすることが最も有効である(※11)
Vynnyckyらによれば、学校閉鎖はR0が非常に高いと(2.5kから3.5)わずかな効果しかない。R0が1.8であれば流行拡大の効果があるが全体の罹患率を22%程度下げるのみであった(※12)
Haberらによれば学校閉鎖にはわずかな効果しか見られない(※13)としているが、この場合は発症率が10%なった段階で2週間の学校閉鎖をすると仮定している。したがって早期の学校閉鎖ではなく、日本で毎年行なわれている季節性インフルエンザに対する学校閉鎖に近い状況を想定している。
これらの疫学モデルの結果をまとめると、早期の学校閉鎖はインフルエンザの感染力(多くの場合R0で定義される)が低い場合には有効であるが、感染性が高くなると学校閉鎖単独ではその効果が限られる。しかし他の対策(接触者の自宅待機・予防投薬・早期治療)などを同時に行なえば、感染性がある程度高くても学校閉鎖は有効な対策であるとしている。また地域への感染拡大を防ぐためには、早期の学校閉鎖が必要でありReactive School Closureでは限られた効果しかないことが示されている。

過去のパンデミックでの検討
 1918年のスペインかぜにおける米国で学校閉鎖とともに集会の制限における死亡数との関連性をみた研究がいくつか報告されている(※14,※15,※16)が、早期かつ十分な期間での学校閉鎖と死亡率軽減の相関性が示されている。

インフルエンザ(H1N1)2009での検討
今回のインフルエンザ(H1N1)2009によるパンデミックでも日本の高校における再生産係数の推定から積極的な学校閉鎖の有効性が報告されており(※17)、またメキシコの疫学データを使ったモデルでも早期に学校閉鎖を行えば有意に地域での感染拡大を阻止できるとしている(※18)。また各国から学校閉鎖を行った場合の経験が報告されている(※19)。メキシコや日本の関西では早期に大規模な学校閉鎖を行った結果、流行がいったんは収束している。しかし、これには感染者の隔離、接触者の自宅待機や予防投薬なども同時に行われており学校閉鎖単独の効果を判断するエビデンスとは言えない。ただインフルエンザ(H1N1)2009では10代の罹患率が非常に高いことが多くの国で示されていること、日本だけでなく各国で高校などでの流行が数多く報告されていることを考えると、学校を閉鎖することは地域への感染拡大を阻止するためには一定の効果があると考えられる。


4.インフルエンザ(H1N1)2009について学校閉鎖をどう考えるべきか

 今回のインフルエンザ(H1N1)2009について学校閉鎖についての考え方が、European CDC、アメリカCDC、オーストラリアおよびニュージーランドなどから出されている。各国の考え方を見ると、致死率がそれほど高くないことなどからに全国規模の大きな休校は否定しているがその有効性についてはある程度あると考えられるとしている。しかし実際の学校閉鎖の実施にあたっては、いろいろな要因を考慮して地域ごとに決めるべきだとしている。Cauchemezらによる総説(※1)では、英国において平均して16%の労働人口が子供の世話をしているために休校により潜在的に休職する可能性があり、12週間の休校により0.2-1.0%のGDPの損失が見込まれることと合わせて教育プログラム以外の課外活動などへの影響が問題となる可能性が指摘されている。このような公衆栄学的なメリット以外の理由からこれらの国では学校閉鎖について比較的消極的であるのだと考えられる。
 日本では季節性インフルエンザでも学校閉鎖・学級閉鎖を行っている数少ない国の一つであり、学校閉鎖に対する社会的な許容度は欧米諸国より高いと考えられる。しかし、関西で5月に行われた大規模な学校閉鎖では社会的な負荷とともに経済的損失(学校閉鎖に伴う直接の損失よりも風評被害などが多かったと考えられる)があったこともあり、今後大規模な学校閉鎖を行うことは難しいと考えられる。また沖縄県のように地域に感染が大規模に広がってしまうと、地域での感染拡大を防ぐという意味での学校閉鎖の役割はあまり期待できなくなってしまう。また8月の学校の休業期間にも、スポーツ大会などを通して感染が多くの地域で広がったことも考慮する必要がある。このことは、スポーツ大会や塾など学校外で生徒が集まる機会を減らさないと地域への感染拡大を防ぐために十分な効果が得られない可能性が考えられる。
 各地で現在、学校閉鎖・学級閉鎖行う一律の基準を設定しようとする動きがみられる。一律の基準を設けることは運用上のメリットはあると思われるが公衆衛生学的には必ずしも正しい方向性であるとはいえない。すなわちまだ散発例しか出ておらず、地域に感染が広範に広がっていないような地域ではより積極的な学校閉鎖・学級閉鎖がおこなわれるべきであるし、すでに地域に広く感染が広がってしまっているような地域ではそのような積極的な対応は必要ないということになる。本来学校閉鎖・学級閉鎖の実施にあたっては地域の疫学状況、それらの対策を行うことによる経済的・社会的影響を考えて個別に判断すべきであると考えられる。とくに核家族や共働きの多い都市部ではより社会的影響が大きいことなども考慮すべきであると考えられる。


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本ウェブサイトの構築は、厚生労働科学研究補助金「新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業」(新型インフルエンザ発生時の公衆衛生対策の再構築に関する研究)の研究活動の一環として行った。

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