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第 5 回クロストークミーティング
「貧困・外国人・夜の街―格差の病としてのCOVID-19」
コロナとこれからの社会を広く深く考える会
1 要旨
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1 要旨
開催日時:2023年5月24日 18:00~20:30
開催方式:ハイブリッド形式
対面会場:東北大学星陵キャンパス・6号館1階・カンファレンス室1
司 会:坪野 吉孝(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 客員教授)
記 録:大友 英二(東北大学医学部医学科 4年)
参加者: 21名(対面11名、オンライン10名)(運営側除く)
●全体構成
・話題提供① 中谷 友樹(東北大学大学院環境化学研究科 環境地理学分野 教授)
・話題提供② 佐藤 香奈子(NPO法人風テラス[風俗業女性支援団体]理事/精神保健福祉士)
今回のクロストークミーティングでは、「貧困・外国人・夜の街―格差の病としてのCOVID-19」というテーマのもと、中谷先生と佐藤先生のお二人から話題提供をいただいた。中谷先生からはCOVID-19と都市の健康格差について数理学的な手法を中心にお話を伺った。続いて、佐藤先生からはNPO法人風テラスの活動内容から風俗業に従事する女性たちが直面する危機について現場のお話を伺った。その後、日本における社会格差やCOVID-19パンデミックによる影響について議論が展開された。
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●イントロダクション
押谷 仁(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 教授)
COVID-19パンデミックの被害の程度が社会階層や人種によって大きく異なることは、海外の多くのデータで示されている。例えばアメリカでは、2020年、2021年の平均寿命が大きく低下していることが示されているが、その程度がネイティブ・アメリカンやアフリカ系、ヒスパニック系で特に大きかったことがデータにより明確に示されている。また、ドイツでは食肉加工場で大規模なクラスターが相次いで発生したが、その感染者の多くは移民労働者であったとされている。しかし日本においては、差別や偏見の防止を理由として、このような社会階層や国籍による影響の違いを示すデータは公開されていない。だがこれは、被害を受けやすい人たちがいるにもかかわらず彼らに対する集中的な対策を講じることができないことと同義である。加えて、いわゆる夜の街のようなサービス業の従事者はCOVID-19の感染リスク高いにもかかわらず、この人たちへ対策は議論してはいけないような雰囲気が存在するために、その実態は不明なままである。このように、今回のパンデミックにおける日本国内の低社会階層や外国人への影響は議論されてこなかったといえる。このままでは、COVID-19パンデミックの次のパンデミックでも同じ失敗を繰り返すことになる。今一度、社会が議論してこなかったこの問題に焦点を当て、考えなければならない。
●話題提供①COVID-19と都市の健康格差
中谷 友樹(東北大学大学院環境化学研究科 環境地理学分野 教授)
健康格差とは、社会的に不利な状況にある人々はより健康の危機にあるという傾向を示す考え方であり、これ自体はCOVID-19パンデミック前から広く知られていた。例えば欧米の大都市では、住む場所によって健康格差が明瞭に現われることが経験的に知られており、日本においても居住地の貧困度を反映して死亡リスクが高いことを示すデータが存在した。この原因としていわゆる剥奪の増幅仮説が有力である。すなわち、個人の経済的不利のみでなく、社会経済的に不利の多い人々の居住地の環境特性が人々に悪影響を及ぼすことで、慢性疾患を引き起こす土壌となり、健康格差を生むというものである。これらの事実を踏まえ、住む環境や公平性に配慮した都市計画がCOVID-19パンデミック前から既に注目されていたのである。
COVID-19パンデミックが起こり世界的に大都市での感染拡大が進むと、貧困度の高い地域や社会的に不利な居住地でのCOIVD19による死亡率が高いことを示す報告が海外で相次いだ。さらにこれらの地域は肥満などのCOVID-19死亡のリスクファクターや社会的弱者とされるエスニックマイノリティの分布とも重なることも報告されるなど、COVID-19は既に存在した健康格差をさらに拡大させる病として注目されるようになったのである。すなわち、パンデミック前から存在した健康格差がCOVID-19による被害の格差を生み、そしてその格差によって健康格差がさらに増幅されるのである。この状況は、synergyとepidemicという2つの語句を融合したSyndemicとも表現される。
日本国内においては、特にCOVID-19による死者数が多かった東京及び大阪では、2020年の第1波ではむしろ経済的に有利な人で死亡者が多いという社会経済的な逆格差が見られたものの、流行が進むにつれてCOVID-19による死亡の社会経済的な格差が顕在化したことを示した。これまで、このような国内の健康格差を報告した先行研究は都道府県単位で行われたもので、欧米のように居住地からみたCOVID-19の健康格差に関する情報は十分に存在していなかった。ここには、少数派に対する格差の問題を見ないようにするという日本人の特性ともいえるものが影響しているだろう。しかし、運動の場となる公園へのアクセスが富裕地域ほど優れているという環境の不公正の観点から、COVID-19流行による健康への影響に関する環境の格差の存在が示唆される。また、自殺念慮を抱く人の割合がより都市化した地域や貧困度の高い地域で高いことから、COVID-19流行がメンタルヘルスの格差を拡大したことも示唆された。これらから、健康の社会格差を地理的な問題としてみることはCOVID-19の死亡のみならず、身体活動やメンタルヘルスなどへの波及的問題でも有効な視点と考えられる。
今回のCOVID-19パンデミックにおいて日本では、居住地による健康格差の増大は欧米ほど顕著には見られなかった。これに関しては、日本の大都市は密度が高く公共交通機関も充実しており、欧米のように貧困の極端な集中がないことが大きなアドバンテージになったと考えられる。逆に、そのために都市デザインにおける公平性が欧米ほど注目されない傾向にあり、地理的な健康の社会格差は日本では「見過ごされる格差」ともいえる。次なるパンデミックにレジリエントな社会を考えるにあたって、今後少子高齢化、人口減少が進み、郊外の衰退が顕著になることも考えると、住む環境や公平性に配慮したアーバニズムに関する議論は今後ますます重要なものとなるだろう。
話題提供② 風テラスの活動について
佐藤 香奈子(NPO法人風テラス[風俗業女性支援団体]理事/精神保健福祉士)
風営法に基づく風俗営業、特に性風俗関連特殊営業に従事する人は、障碍や疾患、幼い子どもがいることなどを背景に他の仕事が困難であったり、人間関係の問題から精神状態が悪化していたりと様々な問題を抱えており、結果として充分な収入が得られていない人が多い。NPO法人風テラスはそのような風俗で働く人のための生活や法律の無料相談窓口として活動している。
相談者の傾向として20~30代前半が多く、東京をはじめとした大都市圏で相談者が多い。また、相談者の業種はデリバリーヘルス、ソープ、メンズエステが多く、相談内容は主に生活困窮や店舗トラブル、誹謗中傷である。相談者は事実を全て話すことは少なく、何に困っているか本人にもわかっていないこともある。しかし相談は1度きりで終了してしまうことがほとんどであり、その後の経過がわからないことが多いというのが実情である。
COVID-19パンデミックの影響により日本で最初の緊急事態宣言が出された2020年4月には、月当りの相談者数が例年の同時期の3倍以上に及んだ。相談者内容の多くは「明日生きるためのお金すらない」という生活困窮に関するものだったが、それと共に社会的孤立や障碍、家庭内暴力、虐待などの相談もあり、コロナ禍以前から存在した問題の顕在化し、直面せざるを得なくなったと思われる。いわゆる「夜の街」はCOVID-19感染のホットスポットとされてきたが、そこで働く人たちは生きるか死ぬかの瀬戸際で苦しんでいたのである。
相談者が直面している問題は決して風俗特有ではなく、社会の状態や社会の縮図が先鋭的に顕在化されたものと言える。そこに風俗という仕事の社会的イメージが影響し、彼女たちは「誰にも相談できず、誰にも話せない」という状況に陥るのである。彼女たちは自身の仕事の内容や家族関係の問題などから社会的に孤立しており、生きることへのつまずきやつらさを抱えていても、誰にも頼れないまま苦しんでいる。風テラスは相談者が来るまで待つことしかできない。しかしただ待つのではなく、気軽に相談して欲しいというメッセージを発信し続けている。
ディスカッション
●国内におけるCOVID-19の流行
2020年のパンデミック初期には、日本でのCOVID-19感染者は大都市圏に集中し、いわば逆格差的な状況が見られたことが中谷先生の話題提供で述べられていた。このような初期には、大都市ではヨーロッパからの帰国者が流行になっていた。しかしパンデミックが進むにつれ、大都市で何が起こっているのかわかりにくくなってしまった。それでも東京のデータを見ると、東京の中でも中心部に感染者が多いことがわかっている。
また、パンデミック初期には欧米に比べると日本の感染者数は非常に少なかった。これは、およそ第6波まで感染者が大都市に集中して起きていて地方では流行を一定程度制御できていたことも影響していると考えられる。しかし2022年夏の第7波では多くの制限緩和が重なった結果、COVID-19の感染者、死亡者が地方で一気に増加したのである。このように日本ではCOVID-19の流行はゆっくりと地方へ広がったと考えられている。現在、COVID-19による都道府県の人口当たりの死亡者数は大都市圏よりむしろ高齢化率の高い地方で多くなっている。
日本ではCOVID-19流行当初から北海道で死者が多い傾向にあったが、その後大阪と兵庫で人口当たりの死亡者数増え、特に第4波では多くの人が亡くなり、その傾向は第6波まで続いたという事実がある。しかしこれは単に高齢化率などでは説明できない問題であり、この原因を考察するには感染者・死亡者の地理分布についての解像度の高い一貫した情報が必要である。
●流行初期に見られた逆格差的な流行
2020年のCOVID-19パンデミック初期には、経済的に裕福な人の方が感染者数、死亡者数が多かった。しかし、この情報もおそらく文書として公表されていないと思われる。また、これと関連した情報として、この時期には都心部のタワーマンション高層階に住んでいる人の方が感染率が高ったという話もあり、これに関しては経済的余裕からくる特権意識が影響していたと思われる。しかし、これも保健所は認識していたものの公にはなっていない情報であると思われる。
●夜の街への風評被害
第1波後の2020年の5月25日に都道府県の緊急事態宣言は解除された。しかし感染者は新宿の大繁華街を中心に残存してしまい、ここが第2波の起点となってしまったと考えられている。ここには、夜の街で働く人々は検査を受けづらいなど夜の街特有の原因がある。そのため本来は夜の街の当事者と共に考え、実情に合った対策を講じる必要があった。しかし実際に行われたのは、マスメディアによる「犯人捜し」や夜の街への過剰な報道ばかりであり、結局対応は十分に進まず第2波につながってしまった。これは夜の街ばかりでなく、医療従事者への偏見や差別にも同様のことが言える。風評被害をどうやって防ぐかではなく、そもそも風評被害が起こらない社会を作らなければならない。
●日本では貧困と死亡は単純に結びつかない
日本には国民皆保険制度や無料検査の実施により、技能実習生のような外国人や貧困層であっても医療へのアクセスは欧米ほどには悪くなく、検査を受けることができた。すなわち、パンデミック下においても日本では貧困層の医療へのアクセスは失われなかったと考えられる。また、確かに外国人労働者を中心とした大規模なクラスターは一部で見られたが、外国人労働者が流行の起点になっていた事例はそこまで多くないと考えられる。さらに、貧困層や外国人労働者は若年層が多い一方、最も死者が多いのは高齢者層である。以上から、日本においては貧困とCOVID-19による死亡を単純につなげることは難しいのではないかと考えられる。
●パンデミックは既存の問題を顕在化させたに過ぎない
一部の経済の専門家は抑圧的な強い感染対策が貧困層の生活を悪化させると批難するが、日々の生活に苦しむ人々はCOVID-19パンデミック以前から日本に相当数存在しており、今回のパンデミックはそれを顕在化させたに過ぎない。そのためただパンデミック前の状況に戻したとしても、結局は格差のある社会に戻るだけであり、格差の解決にはならない。さらにCOVID-19による死者の中心が高齢者である以上、感染対策の緩和は若者の生活を高齢者の命よりも優先することになってしまう。単なる目先の利益だけでなく、パンデミック後の社会のあり方に目を向け、どのような社会を作りあげていくのか、真剣に議論していかなければならない。
●パンデミック下で見られた「自己責任」
今回のパンデミックでは、COVID-19への感染や被害が皆に等しく起こるものであるという感覚が薄く、むしろ自己責任の問題であるという意識が強く見られた。これは、「感染対策をすれば大丈夫」と信じたいからこそ、たまたま感染してしまった人であっても対策を怠ったことによる自己責任だと思い込んだ結果なのではないかと考えられる。このような自己責任化は裏を返せば「自分さえ良ければいい」という欧米的な個人主義と同じである。だが、当の欧米はCOVID-19による多数の死者をだしているが、ここには「社会のことを考えて行動する意識の欠如」という過剰な個人主義が影響していたとも考えられる。被害者を自己責任の世界に押しやる個人主義的な社会のままでよいのだろうか。
●つながるための一歩を
COVID-19パンデミック下で風俗業従事者は生活困窮に苦しめられた。それを考えたとき、当事者と行政、そして支援者がより歩み寄れないものか、そのために具体的にどのようなシステムが必要なのか、という意見が出された。
風俗業従事者で支援が必要な人々は、様々な問題から人とつながることへの恐怖を感じ、結果的に社会から孤立していることが多い。そのためまずは「つながっても大丈夫」であることの発信が必要である。また、パンデミック下では従来の対面ではなくオンラインによる支援が行われた。もちろん対面によるコミュニケーションで人と直接つながることで得られる安心感はあるが、オンラインであっても相手とつながることはできる。だからこそ、対面であってもオンラインであっても、まずはつながるための第一歩を踏み出してもらうこと、第一歩を促すことが重要である。
●近代以前は「自己責任」ではなかった
近代以前には、個人の問題や被害を自己責任とせず皆で助け合う社会が存在した。これには、「神や仏のような聖なる存在は最も虐げられている者の姿で現われる」という考えが影響しており、人々は進んで善行を積むことで助け合っていたのである。すなわち、近代以前には人間を越える存在が社会全体をあたたかく包み込み、人々はその中でお互いに助け合って生きていたのである。
一方現代においては、かつてのような人と人とにつながりが立ち消えて人は個人として独立した存在になっている。そのような社会では個人の問題は自己責任として放り出されてしまう。事実今回のパンデミック下では、それによる被害を自己責任とする風潮が見られた。もちろん近代以前が理想の社会というわけではないが、かつてのような「我々を包み込むもの」を再構築する必要があるのではないだろうか。
●「元の社会に戻す」だけでよいのか
今回のパンデミックで多くの社会問題が浮かび上がったが、日本だけでなく世界中の国々はパンデミック前の「元の社会」に戻すことばかり考えており、パンデミックから何かも学んでいない。しかし、今回のパンデミックは既存の社会問題をただ顕在化させたに過ぎず、戻そうとしている「元の社会」とは結局個人主義のもと差別や貧困を生み出す構造を持った、多くの問題を抱える社会である。人口が80億を超え、無秩序にグローバル化が進んだ現代において、次のパンデミックは近い将来に必ず発生すると予想されている。次のパンデミックに備えるためにも、ただ元の社会に戻すだけでいいのかを今一度問い直す必要がある。
●精神障害がある人たちの居場所が失われた
佐藤香奈子先生の話題提供の中に「相談者のうち3割は精神・知的障害がある」と述べられていたが、かつての社会には精神疾患を持った人にも、芸能など社会的な居場所が確かにあった。しかし現代ではそのような居場所はなくなり、人々は生きるために風俗業を選ばざるを得なくなっていると考えられる。そのため、生活保護は解決策にはならず、求められているのは彼らが自力で生活できる社会である。今回のパンデミックによって夜の街の問題が浮かび上がったのは、問題解決のきっかけになり得たにも関わらず、日本は元の社会に戻すことばかり考えていたためチャンスを棒に振ってしまった。
最後に
今回のクロストークミーティングでは、数理的な手法を用いた地域ごとの格差の解明と格差の現場からの報告という、極めて対照的な2つの視点から議論が展開された。このように、専門家が個々の分野を担い独立して問題解決にあたるだけではなく、多様な分野が一体となって問題を考えることによって、分野独立的な活動では得られない新しい知が生まれる。これこそが今求められている総合知である。一方で、内閣府が2022年にとりまとめた「『総合知』の基本的考え方及び戦略的に推進する方策」の中間とりまとめでは、総合知によって目指すものとして、新たに生まれた科学技術やイノベーションを我が国の「勝ち筋」の源泉とすることが述べられている。しかし、科学技術の限界が見えてきている中、科学技術だけでは解決できない問題をどのように考えたらいいのか、多分野が協力して問題設定の段階から考えることこそが総合知の本来のあり方であり、決して新たな金儲けの手段ではないのである。
今回のクロストークミーティングで何回も繰り返されたが、COVID-19パンデミックにより浮かび上がった社会問題は、パンデミックによって引き起こされたのではなく、パンデミック前から存在した問題がパンデミックによって顕在化したに過ぎない。日本だけでなく世界各国がパンデミック前の「元の社会」を目指しているが、貧困や社会格差を生み出す構造を温存した「元の社会」とは本当に良いものだったのだろうか。元に戻るのではなく、新しい社会に変えていくという意識改革が今求められている
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