第1回 クロストークミーティング報告
「歴史の転換期に起きたCOVID-19パンデミックと総合知の必要性」

コロナとこれからの社会を広く深く考える会


1 要旨
2 本文


1 要旨
開催日時:2023年1月11日 18:00-20:00
開催方式:ハイブリッド形式
対面会場:東北大学星陵キャンパス・臨床講義棟2階・臨床中講堂
司  会:坪野 吉孝(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 客員教授)
記  録:大友 英二(東北大学医学部医学科 3年)
参加者:38名(対面6名、オンライン32名)

1-1 話題提供
「歴史の転換期に起きたCOVID-19パンデミックと総合知の必要性」
押谷 仁(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 教授)


 2020年1月にWHOがCOVID-19についてPublic Health Emergency of International Concern(PHEIC)を宣言して3年が経とうとしているが、このパンデミックの問題は複雑化し、単一の視点ではなく様々な観点から見ていかなければならないものとなっている。COVID-19のような新興感染症のリスクは文明の進化に伴い増大してきたものであり、21世紀には深刻な脅威となる可能性は1980年代後半から指摘されていた。加えて2000年代初頭のSARSの国際的流行により新興感染症への危機感が高まり、WHOでも国際保健規則の改訂が行われた。しかし実際には各国の公衆衛生基盤は脆弱なままであり、備えが不十分なままCOVID-19パンデミックが発生したのである。

 COVID-19の世界への急速な拡大には、WHOの政治的配慮や国際社会の対応の遅れ、特に欧米でのリスク認識の甘さから生じた初期対応の失敗が大きく影響しているとされる。これらに加えヨーロッパ株をはじめとした変異株が発生した結果、より制御が困難な状況に陥ったのである。現在世界でのCOVID-19による死者は660万人を超えているが、各国での実際の死亡者数は報告数より遙かに多いと推計されている。日本国内でも1日のCOVID-19による死者は現在400人を超えており、超過死亡も昨年から極端に増加している。これはオミクロン株の発生以降感染者そのものが増加したことが大きく関与していると考えられており、日本だけでなく各国で緊急搬送困難事案などの医療逼迫が発生している。

 このような状況下で現在、世界中でCOVID-19パンデミック前の社会に戻そうとする”Back to Normal”の動きが見られる。一方でCOVID-19パンデミックの終わりは未だ見えず、さらに今後もインフルエンザパンデミックをはじめとした新たなパンデミックが起こる可能性は高い。そのような状況下において、これまでの新興感染症に脆弱な”Normal”に戻ることは本当に正しいことなのか、考える必要がある。

1-2 質疑応答・ディスカッション
 ディスカッションでは、COVID-19パンデミックや求められる総合知に関する若手からの質問のみならず、パンデミックやこれからの社会についての人文社会学分野の専門家からの意見に至るまで、多様なバックグラウンドの参加者による様々な観点からの議論がなされた。今回のディスカッション全体を通じて、COVID-19パンデミックは元々存在していた様々な問題を可視化したに過ぎないこと、そしてそれらの問題を考えるには自らの専門分野にとらわれず、問題設定の段階から他分野の人を交えて様々な観点から積極的に議論することが必要であることが強調された。

2-1 話題提供
「歴史の転換期に起きたCOVID-19パンデミックと総合知の必要性」
押谷 仁(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 教授)


 2020年1月にWHOがCOVID-19についてPublic Health Emergency of International Concern (PHEIC)を宣言して3年が経とうとしているが、パンデミックはこれからも当分継続し、まだ見ぬ障害が我々を待ち受けていると予測される。この問題は複雑化し、単一の視点ではなく様々な観点から見ていかなければならないものとなっている。

 そもそもCOVID-19のような新興感染症のリスクは文明の進化に伴い増大してきたもので、21世紀には深刻な脅威となる可能性は1980年代後半から指摘されていた。しかし国際社会はそれを軽視しグローバル化を推し進め、その結果として21世紀の新興感染症によるパンデミックのリスクは人類の歴史の中でかつてないほど高くなっていた。

 2003年中国広東省での報告に端を発したSARSの国際的流行は世界に大きな衝撃を与え、その直後のH5N1高病原性トリインフルエンザAの流行も相まって新興感染症パンデミックへの危機感が高まり、WHOの国際保健規則が改訂されたほか日本でも感染症危機管理の課題の不十分さが指摘された。しかし、世界的にも国内でも結局十分な備えがされず、公衆衛生基盤が脆弱なままCOVID-19パンデミックを迎えたのである。

 COVID-19は2020年1月5日に初めてWHOから報告され、急速に世界中へ拡大した。ここにはWHOの政治的配慮によるPHEIC宣言の遅れや国際社会の対応の遅れが大きく影響していると考えられている。特に欧米におけるリスク認識の甘さから生じた初期対応の遅れはパンデミック初期の莫大な死亡者発生につながり、世界への感染拡大にも関与した可能性が高い。加えてヨーロッパ株(D614G)をはじめとした変異株が発生した結果、COVID-19は制御が困難になりパンデミックに陥ったのである。一方日本国内においては、早期症例の検知や保健所の尽力により第一波の押さえ込みには成功した。しかし、人口が集中している首都圏をはじめとした大都市圏が流行の中心となり、かつこれらの地域ではウイルスが常に残存したことで全国的な流行へと進展した。

 当初、短期間での医薬品の開発による問題の解決が期待され、事実mRNAワクチンを中心としたワクチンの普及はCOVID-19の死亡者の低減に大きく貢献してきた。しかし、実際に承認されたワクチンや治療薬はごくわずかであり、さらにワクチンの効果は時間とともに減弱し、さらにワクチンの効果が低下する変異株が次々と出現するなど、医薬品によって最終的な問題解決には至っているわけではない。

 現在世界でのCOVID-19による死者は660万人を超えているが、実際の各国での死亡数は報告数より遙かに多いと推計されている。日本国内の1日でのCOVID-19による死者は現在400人以上を超えており、さらに日本でも昨年から超過死亡は極端に増加している。これはオミクロン株の登場以降感染者そのものが増加したことが大きく関与していると考えられる。さらに、日本だけではなく各国で、緊急搬送困難事案などの医療逼迫が発生している。

 このような状況下で現在、世界中でCOVID-19パンデミック前の社会に戻そうとする”Back to Normal”の動きが見られる。一方でCOVID-19パンデミックの終わりは未だ見えず、仮にCOVID-19パンデミックが収束したとしても、インフルエンザパンデミックをはじめとした新たなパンデミックが起こる可能性は高い。そのような状況下において、これまでの新興感染症に脆弱な”Normal”に戻ることは本当に正しいことなのか、考える必要がある。

2-2 質疑応答・ディスカッション
●総合知としてのイメージ
 今回のパンデミックで自然科学が果たした役割は大きいが、問題はそれだけでは解決できないものとなっている。今回のパンデミックの反省も踏まえてこれからどのような社会を作っていくべきかを考える上では、やはり自然科学のみでなく人文科学や社会科学を交えた本来の意味での学際研究が必要である。Lancetの出したレポートでは、「three Cs(COVID-19、climate change、conflict)」によって世界の平均寿命は下がり始め、これからの70年はこれまでの70年とは違うだろうと述べている。そのため、21世紀を通じた様々な健康危機への対策を様々な分野から学際的に考える必要がある。

●総合知とは、それを育むには
 今、大学という組織で総合知を育むことが求められているが、その「正解」は未だ見えてこない。大学教育は高度に専門分化してきた。無論専門知は必要でありそれを育むことが大学教育の意義でもある。しかしその反面、これまでの日本は教養教育やリベラルアーツを軽視してきたという側面があり、これまでの学際研究も「まず自分の研究分野があり、そこに足りないものを他分野から引っ張ってくる」というものになっていた。しかし、今必要なのは「この問題をどのように考えるべきか」という問題設定の段階から分野の垣根を越えて考えることである。これを実現できるような総合知の育み方は皆で考えていかなければならない問題である。その方法の1つとして、日本の中学・高校教育で用いられる文系・理系という区分を廃止するという案も出された。一方で、現在の学生は以前と比べ他分野間で意見を交わす機会が増えたという意見も複数みられた。

●今回のCOVID-19パンデミックを止めることができたポイント
 WHO Independent Panel Report(2021年5月)では、パンデミックを回避できる措置を講じることのできた最後のポイントは2020年2月であったと述べられている。SARS-CoV-2はその特性から封じ込めが困難なウイルスではあるが、アジア各国は初期に中国から発生した株の制圧に成功した。しかし、ヨーロッパや中東、アメリカ東海岸では初期対応に絶望的なまでに失敗しており、これがパンデミックにつながった大きな要因であると考えられている。ここには、世界が協力して取り組むべき課題であるにもかかわらずそれをしてこなかったという点も反省すべき点としてある。

●宗教の違いから生じる感染様態
 宗教が感染拡大に寄与した例として、一部の地域でみられたキリスト教の教義に基づく日曜礼拝の感染拡大への影響が挙げられる。そのためカトリックやイスラム教では教義に関して歴史上例を見ない決断を迫られた。しかしこれらの決断を下すまでにはやはり時間がかかっている。過去の感染症の例ではインドでのコレラ拡大には巡礼が大きく役割果たした事実もある。以上から、宗教学的側面から感染症を考える意味は大きいだろう。

●COVID-19パンデミックがなぜ終わらないのか
 COVID-19パンデミックの問題が長期化している要因は「とんでもないウイルスが出てきてしまったこと」ことがある。既存のインフルエンザなどと比べても感染性が非常に高いウイルスが登場したことに加え、早期での制御に失敗したことで更に感染力を増した変異株が相次いで発生したのである。現在、集団の免疫状態の低下や行動の変化、または変異株の出現などが起こると流行が繰り返されている状態であり、いわゆる集団免疫は当分達成されないとみられている。

●COVID-19の病態
 COVID-19の病態は変容している。初期にはいわゆるウイルス性肺炎を起こし重症化することが大きな問題であったが、現在は多くの人が免疫を持つようになったことでそのような例は減少している。その一方で高齢者では基礎疾患が悪化や循環器系への悪影響により多くの死者が出ており、それが超過死亡にも関連しているとされている。しかし詳しい病態については不明な点が多く、研究が待たれるところである。重症化や死者については一概に説明できないというのが現在の状況である。

●どのように他分野の方と交流を持つのか
 総合知の重要性を感じる反面、学生以降では他職種と交流を持つ機会を得ることが難しいという若手の意見があった。これに関しては普段から他分野とのネットワークを作っておくことが重要である。一方でそのような交流の場を提供する必要もある。

●WHO、グローバル・ヘルス・ガバナンスについて
 今回のパンデミックでは、国際社会がこのような問題にどのように対応するのか、というメカニズムができていなかった。加えて現在欧米主導でパンデミックの反省がなされているが、前述のように欧米の初期対応の失敗が今回のパンデミックに大きく関与している以上、それが本当に将来の問題解決につながるかは疑問である。これらを踏まえてこれからの社会をどのようにして作っていくのかを考える必要がある。

 それに関連して、今回様々な課題が浮き彫りになったWHOに関して、そのあり方を根本的に見直すべきである。その改革のためには21世紀の国際秩序全体から改革の方向性を考える必要がある。現在WHOに限らず多くの専門機関は様々な問題を抱えている。それらを前提とした上でどのような改革をどういったステップで可能なのか、議論する必要がある。このように国際間の果たすべき役割が見直されている中で、国際組織のレジームに対する批判や改革構想に関する議論は日本でも始まっている。WHOや国際保健衛生分野に関しては未だ欧米主導な部分が強いが、国内の多くの学会でも提言がなされている。ある意味一番COVID-19対策に失敗した欧米がこれからの国際社会の舵取りを担うというは片手落ちであり、日本も積極的に参画していくべきだろう。

●パンデミックと都市計画
 都市計画と公衆衛生は同じルーツであるにもかかわらず現在は異なる2分野となっている。しかし今回のパンデミックを踏まえ、これら2分野がまた協働する必要があるのではないかという意見が出された。今回のCOVID-19パンデミックでは都市に人口が過度に集中したことが大きく関与している。言い換えれば、これまで感染症は途上国など経済状況の悪い地域の問題とされてきたが、今回のパンミックではむしろ「都市型感染症」、「都市型パンデミック」という問題が顕在化したのである。これらを踏まえ、より安全な都市を作るために何をすべきかを真剣に考える必要がある。

●人文科学から見たこれからの社会
 文系の立場からパンデミックの問題を考える上で、「今、私達がどのような時代に生きているのか」をより長いスパンの中で定義する必要がある。「Normalに戻る」という観点が話題提供の中で言及されたが、現在の我々にとっての「Normal」とは長い歴史の中では全く「Normal」でない、極めて限局的なものである。これから訪れるだろう新しい「Normal」には飢餓や紛争など多くの問題が絡むことが予想される。その中で我々は、自分達人間が何のために生きているのか、訪れる死とどのように和解するのかを改めて議論し、我々が進むべき道を探るべきだろう。

 20世紀後半から21世紀の最初の20年は比較的平和な社会であったが、人口増加や社会の脆弱性の増大に伴い、その平和な社会が今崩れつつある。長い文脈で見ると、残りの21世紀で人類は非常に大きな危機と直面するだろう。その中で社会がどのようにあるべきかを考える必要がある。

●パンデミックを防ぐための総合知なのか、パンデミックをきっかけとした総合知なのか
パンデミックを起こさないことは不可能である以上、求められるのはパンデミックに強い社会、いわばresilientな社会である。そのために国際社会の対応や都市のあり方など、根本的な部分から問い直す必要がある。加えて、今回のCOVID-19パンデミックはこれまで目を向けられなかった多くの課題を可視化した。そのため単にパンデミックを目的とするのではなく、これらの多くの課題まで視野を広げ、様々な観点から考えることがよりresilientな社会の構築につながるだろう。

●我々が変えていけることとは
 今回のCOVID-19パンデミックの実態や明らかになった問題点、課題に対して我々が実際に変えていけることは、問題設定の部分から他分野と深く議論することだろう。研究の最終的な目的は問題の解決にある以上、その問題設定の段階から異分野の人も含めて考えていく必要があるのである。ただ、問題設定と現状把握に満足するのではなく、その先をどうすれば良いのか、または個人のレベルで何をしていく必要があるかを考える必要があるという意見もあった。

●まとめ(坪野)
 第1回となる今回のクロストークミーティングでは、幅広い分野から多くの人が集まり熱心な意見交換が繰り広げられた。このような場では、問題を「自分ごと」として捉えようとする人たちが集まり、熱を帯びたコミュニティを作っていくことが必要である。かつて、医師の原田正純先生は熊本県で発生した水俣病を教訓とし、水俣病の発生原因に関する医学的知見だけでなく今後公害病を引き起こさない学際的な研究を進めるという「水俣学」を提唱した。それに倣い、今後のクロストークミーティングを通してますます熱を帯びたコミュニティが生まれ、東北大学が発信する「コロナ学」という形となり、お互いの専門を超えたネットワークが生まれることを期待する。

●最後に(押谷)
 今回のCOVID-19パンデミックでは元々あった問題が可視化されたに過ぎない。そのような問題を考えていくこと、その考える過程が必要である。それには自分の専門分野のみにとらわれていては不十分であり、他分野の人たちと様々な観点から議論していくことが必要である。

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