新型インフルエンザ対策に対するエビデンスのまとめ Review of pandemic influenza preparedness and control measures 厚生労働科学研究補助金「新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業」

個人防御

1. 手洗いとマスク装着などを複合的に行った研究

 Jeffersonら(※2)は、2006年11月までの文献をもとに、呼吸器感染症の伝播を予防に関する論文のレビューを行った。介入研究は少なく、多くの研究デザインのエビデンスの質は十分でなかった。クラスター化ランダム比較研究では子供達の間での手洗いなどの衛生行動によって呼吸器感染症予防できる可能性があることが示唆された。6つのケースコントロールスタディに基づいたメタアナリシスでは10回以上の手洗いはOdds ratio 0.45 (0.36 to 0.57) NNT=4 (3.65 to 5.52) 、マスクの装着は0.32(0.25 to 0.40) NNT=6 (4.54 to 8.03)、手袋の着用0.43(0.29 to 0.65) NNT=5 (4.15 to 15.41)であった。手洗い、マスク、手袋、ガウンの複合であると0.09 (0.02 to 0.35) NNT=3 (2.66 to 4.97)であった。殺菌作用のある石けんの使用などによる感染を抑制する効果については不確かであった。
 Aielloら(※3)は、米国で学生寮にいる18歳前後の学生1,437人を対象に、2006年から2007年にインフルエンザ感染予防にマスクの着用と手洗いの効果が寄与するかについてランダム化比較対象試験を行った。割り付けは、コントロール群、マスク着用群、マスク着用と手洗い群とし、6週間フォローした。アウトカムはインフルエンザ様症状の発症で、看護師による確認がされた。マスク着用と手洗いの両方をした群でコントロール群より35から51%のインフルエンザ様症状の人が低下した。しかし、マスク着用群は有意な低下は認められなかった。マスク着用と手洗いの両方を実践することでインフルエンザ様症状の患者の低下が減る可能性があるとしている。
 Stebbinsら(※4)は、米国ペンシルバニア州にある10の小学校において2007年から2008年にアルコール手指消毒剤や咳エチケットなどのnon-pharmaceutical interventionがインフルエンザ感染拡大をどの程度防ぐかを明らかにするためにクラスターランダム化比較試験を行った。5つの学校では、WHACK the fluとして、手洗い、感染した場合は家にいる、顔をなるべく触らない、咳エチケット、具合の悪い人になるべく近づかないを教育した。アルコール手指消毒剤は各教室に設置し、一日4回使用することを指示した。さらに、インフルエンザシーズンの始まりに合わせて再教育も行った。残りの5つの学校は対照群とした。感染患者の特定はインフルエンザAまたはBのRT-PCRによる確定とした。3,360人の子供が参加した。54人のインフルエンザA、50人のインフルエンザBの感染患者が特定された。両群においてインフルエンザと検査によって確定された患者全体の減少に関して有意な差は認められなかった。しかしながら、介入をした学校においては、検査によってインフルエンザAと確定された患者については有意な低下を認めた(adjusted IRR of 0.48 (95% CI: 0.26, 0.87))。また、全体の欠席者についても介入群の方が有意に低下した(adjusted IRR 0.74 (95% CI: 0.56, 0.97))。咳エチケットの教育や手洗いなどのnon-pharmaceutical interventionsは、インフルエンザ患者の全体の低下を有意には減少させなかったが、欠席者は26%減らし、検査によってインフルエンザAと確定した人は52%減らした。
 Cowlingらは(※5)香港にて手洗いとマスクの着用がインフルエンザの家族内感染を低下させるかについてクラスターランダム化比較試験にて行った。インフルエンザAまたはBの感染が確認された407家族を対象とした。介入は生活習慣指導(対照群134家族)、手洗い(136家庭)、サージカルマスク着用(患者と同居家族)と手洗い(137家族)のすべての家族とした。最終的に259家族の794人を解析の対象とした。アウトカムは介入から7日以内にRT-PCRにてインフルエンザの感染の確認と臨床的な診断とした。259家族の60人(8%)がRT-PCRにてインフルエンザの感染が確認された。手洗いは患者と同居家族のマスクの着用の有無に関わらずインフルエンザの家族内感染を予防するようであったが、対照群と有意な差は認められなかった。手洗いとサージカルマスクの着用群では最初の患者の発症後36時間以内に実施された場合には (RT-PCRにて確定された患者群にてadjusted odds ratio, 0.33 [95% CI, 0.13 to 0.87])家族内感染の有意な低下が確認された。
 Larsonら(※6)は、米国の家族に対して、教育のみ、教育とアルコール手指消毒剤、教育とアルコール手指消毒剤と家族にインフルエンザ様症状がでた際の患者と同居家族のマスクの装着(7日間、1メートル以内に近づく際、マスクのコンプライアンスを高めるため電話)の3群にわけて介入を行った。509の家族が参加した。家族には週に2回症状の有無を確認し。インフルエンザ様症状がある場合には鼻から検体を採取した。19ヶ月フォローし、最低2ヶ月に1度訪問した。家族にインフルエンザ様症状がでた際に患者と同居家族のマスクの装着と手洗いの両方の介入では有意に家族内感染を減少させた。手洗い単独では有意な効果が認められなかった。
 Simmermanら(※7)はタイにおいて発熱のあるインフルエンザ陽性の子どもがいる家族を対象に、コントロール群、手洗い群、手洗いと紙のサージカルマスク(マスクの提供と教育)群にランダムに分け介入研究を行った。24時間および3、7、21日目に看護師が家族を訪問し、鼻とのどのスワブと血液が同居家庭全員から集められ、RT-PCRあるいは血清(HI assay)によって検査を行った。2008年4月から2009年8月の間に991人のインフルエンザ陽性であった患者から465人が対象となった。手洗いは、1日にコントロール群(P=0.001)で3.9回、手洗い群で4.7回、手洗い+マスク着用群で4.9回行われていた。家族内感染のオッズ比(OR)は、手洗い群(OR=1.20; 95%CI 0.76-1.88)、手洗い群とマスク着用群は(OR=1.16; 95%CI 0.74-1.82)と有意な低下は認められなかった。その背景には、マスクへの低い認識、群間の手洗い頻度の差、寝室を同じにするなどの介入の前に起こった感染も関係していると考えられる。
 これらの研究のほとんどにおいて手洗いやマスク装着の高いコンプライアンスの確保が課題となった。コンプライアンスの確保については様々な研究が行われており今後の課題である(※8,※9,※10)。またコンプライアンスに関する論文は後 述した。
 以上より、一般集団を対象とした際の手洗いとマスクの両方の実施が感染を予防する可能性があり、さらにその他の複合的に様々な個人防護策を行うことが感染予防をする可能性がある。感染リスクが高い家族内感染については手洗い単独では感染を低下させる傾向のみであるが、患者と同居家族の早めのマスク装着と手洗いを複合的に行うことで家族内感染を有意に低下させる可能性がある。しかしながら、マスクや手洗いのコンプライアンスについては研究においても実際の場においても大きな課題としている。


2.手洗い単独の効果を検討した研究

 手洗い単独の介入を行った研究は、2つの介入研究が報告されていた。
 Talaatら(※11)はエジプトのカイロにおいて60の小学校において手洗いキャンペーンがインフルエンザ様症状、検査で確認されたインフルエンザ、下痢、結膜炎の患者の低下にどの程度寄与するかを明らかにするためにクラスターランダム化比較試験を行った。介入群には手洗いを1日2回と楽しい健康教育が行われた。インフルエンザ様症状のある学生にはスクール看護師が鼻から検体を採取してインフルエンザAかBかの検査が行われた。20,882人の生徒を12週間観察した。介入群においては、欠席日数の減少がそれぞれ次のように確認された。インフルエンザ様症状(40%)、下痢(30%)、結膜炎(67%)、検査で確認されたインフルエンザ患者(50%)であった。以上より手洗いを小学生に介入として行った場合には感染リスクを低下させる可能性があることが示唆された。
 Sandoraら(※12)は家庭内感染の減少にアルコール手指消毒剤と手指衛生教育が寄与するかについてランダム化比較試験を、26の保育センターの中の292家族の家庭を対象に行った。対象となったのは1週間に10時間以上の家庭外保育を受ける6カ月から5歳の子供が1人以上いた家庭であった。介入群の家族は、5か月間、手指消毒剤と隔週に手指衛生教育教材の支給を受けた。コントロール群の家族は、優れた栄養摂取を促進する資料だけ支給された。保育者は隔週に電話で、家族内での呼吸器疾患および胃腸疾患について確認した。呼吸器疾患および胃腸疾患の感染率はグループの間で比較された。研究期間中に計1,802の呼吸器疾患が起こり、443(25%)は、家庭内感染であった。計252の胃腸疾患が起こり、28(11%)は、家庭内感染であった。家庭内感染は、コントロールの家族と比較して介入家族が有意に低かった。(発生率比率[IRR]:0.41;95%信頼区間[CI]:0.19-0.90)。二次呼吸器疾患の全体的な率は、グループ間で有意な差はなかった(IRR:0.97;95%のCI:0.72-1.30)。しかし、より高い消毒作用をもつ消毒剤を使用した家族は、わずかに罹患率は低かった。(IRR:0.81;95%のCI:0.65-1.09)


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